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根岸先生の学位論文


当院の根岸先生が,九州大学の口腔衛生学教室で研究した論文の内容を掲載します.興味のある方は要旨のみですがご覧下さい.何かの参考になれば幸いです. 要旨 口臭の主な原因物質には、硫化水素、メチルメルカプタン、ジメチルサルファイドなどがあり、呼気中に含まれる揮発性硫化物(VSC)の約90%は、硫化水 素とメチルメルカプタンであると言われている(39)。また、これらのVSCには 歯肉線維芽細胞に対してタンパク合成阻害による組織為害作用もある。これま て_、VSCを多く産生する菌として、Porphyromonas gingivalisなどの歯周病関連 細菌が報告されてきたが、実際の臨床の場では歯周病に罹患していない患者、 あるいは軽度の歯周病罹患者の呼気中にも多量のVSCが検出されることもあり、歯周病関連細菌がVSCの多くを産生しているというだけでは説明のつか ないケースも少なくない。しかし、歯周病関連細菌以外の細菌によるVSC産 生に関する研究は、現在のところ極めて少ない。 そこで、本研究では、口腔内に優勢に存在する口腔内レンサ球菌に着目し、 Streptococcus anginosus、Streptococcus salivarius、Streptococcus mutans、Streptococcus oralis、Streptococcus gordonii、Streptococcus sobrinusの粗酵素抽出物を調製し、 L -システインを基質として一定タンパク量の粗酵素抽出物か_産生する硫化水素 量を測定し、P. gingivalis、Actinobacillus actynomycetemcomitans、Fusobacterium nucleatumなどの歯周病関連細菌と比較した。その結果、粗酵素抽出物の硫化水 素産生能は、各菌種により大きく異なり、S. anginosusのものが他のレンサ球菌 のものに比較してはるかに高く、口腔内細菌のなかでも硫化水素産生能が高い ことが知られているF. nucleatumに匹敵することが明らかとなった。口腔内レンサ球菌であるS. anginosus は、口腔内では、歯肉溝プラークから高頻度で検 出されるが、深部齲蝕病巣、感染根管からも検出される。また、口腔内に限らず全身各所の膿瘍などの病巣からも検出され、心内膜炎の原因になると言われているが、その硫化水素産生能については全く報告がなかった。 そこで、S. anginosusのβC-Sリアーゼに着眼し、S. anginosusの粗酵素抽出物 をゲル濾過カラム、陰イオン交換カラム、疎水性カラムおよびヒドロキシアパ タイトカラムを用い精製した。そして、精製したβC-SリアーゼのN末端のア ミノ酸配列を基に、 S. anginosus のlcd遺伝子と相同性の高い遺伝子配列をS.mutansおよひ_Streptococcus pneumoniaeの染色体全塩基配列デーベース中に見 出すことができた。これらの遺伝子配列の比較から特に保存性の高い領域を選び、レンサ球菌に共通していると予想されるプライマーを設計した。S. salivarius、 S. mutans、S. oralis、S. gordonii、S. sobrinusのDNAを鋳型として、PCR法にて lcd遺伝子を増幅した後、Inversed PCR法を用いてオープンリーディングフレー ム(ORF)を含む増幅断片の上流および下流領域を得て、各口腔内レンサ球菌の lcd遺伝子の塩基配列を決定した。lcd遺伝子の塩基配列から予想されるβC-Sリ アーゼの推定アミノ酸配列を比較したところS. anginosus と他の5種類の各口 腔内レンサ球菌は、59%から77%の高い相同性を示すことが判明した。次に、 各菌のlcd遺伝子の全長をクローニングして組み換えβC-Sリアーゼを精製し、 L-システインを基質に硫化水素産生能を測定した。また、βC-Sリアーゼには、 システインから硫化水素を産生する働きのほかに、シスタチオニンをホモシス テインとピルビン酸に分解する働きがある。そこで、L-シスタチオニンを基質 にした測定も行い酵素活性の違いを比較した。L-システインを基質とし、硫化水素産生能を比較した結果、粗酵素を用いた測定と同様に、組み換えβC-Sリア ーゼを用いた際もS. anginosusのβC-Sリアーゼの比活性が、他のレンサ球菌よ りも極めて高くなることが確認された。しかし、L-シスタチオニンを基質にした際のβC-Sリアーゼの酵素活性は、口腔内レンサ球菌間で違いがそれほど認め られなかった。以上の結果から、S. anginosusは口腔細菌の中でも極めて強い硫 化水素産生能を持つF. nucleatumと同程度の硫化水素産生能を有するため、口 臭原因の一つになりうると考えられた。また、S. anginosusのβC-Sリアーゼは、 他のレンサ球菌のものとは性質が異なることが示唆された。 上記の研究を行う過程において、S. sobrinusとS. salivariusの持つlcd遺伝子 の塩基配列中には、開始コドンの候補となる部位が2カ所あることが分かった。 一方、他の4菌種のレンサ球菌のlcd遺伝子の開始コドン部位は、S. sobrinusと S. salivariusのlcd遺伝子のC末端側の開始コドンに相当する部位に存在してい た。そこて_、S. sobrinusとS. salivariusが持つβC-SリアーゼのN末端における アミノ酸配列の特異性に着目し、塩基数の異なる様々な長さのlcd 遺伝子断片 を含むプラスミドを作製した。これらのプラスミドを保持するE. coli M-15形 質転換株を作製し、数種類のリコンビナントディリーションβC-Sリアーゼを精 製した。前述の測定と同様の手法で酵素活性を比較した結果、S. salivariusでは、 N末端のアミノ酸数に関わりなくβC-Sリアーゼの酵素活性が認められた。しか し、S. sobrinusでは、よりC末端側に存在する開始コドン候補の直前に3個の アミノ酸が存在するとβC-Sリアーゼは酵素活性を示すが、アミノ酸が2個以下 の場合は、酵素活性を失った。よって、S. sobrinusのβC-Sリアーゼが酵素活性 を持つためには、C末端側の開始コドン候補から始まるアミノ酸配列と、その直前に3個のアミノ酸の存在が必要であると考えられる。 一方、S. anginosusのlcd遺伝子の上流には、同じくメチオニン合成系て_働く Cgs の遺伝子が見出された。微生物によるメチオニン合成系には、シスタチオ ニンγ-シンターゼが触媒するTranssulfuration pathwayとO-アセチルホモセリン スルフヒドリラーゼが触媒するDirect sulfhydrylation pathwayがあり、その片方 のみを有する菌種、あるいは両者を有するCorynebacterium glutamicumに関す る報告がある。しかし、口腔内レンサ球菌では、これらの合成系に関する報告 はなかった。そこで、S. anginosusのcgs遺伝子産物を解析し、同菌によるメチオニン合成に関与するcgs 遺伝子に着目し、同遺伝子によってコードされる酵素であるCgs を精製した。そして、同酵素が、シスタチオニンγ-シンターゼとO-アセチルホモセリンスルフヒドリラーゼの機能を有することが明らかとなり、S. anginosusには、Transsulfuration pathwayとDirect sulfhydrylation pathwayの両経路が存在することが分かった。しかし、C. glutamicumと異なりS. anginosus の両経路は、同一遺伝子産物によって触媒されていることが示唆された。これまで、両系に同一の酵素が関与しているとは全く報告されていなかったことからS. anginosus のCgs は、他の細菌には見られない極めて特徴的な酵素である と考えられる。 また、S. anginosusのβC-Sリアーゼ(Lcd)およびCgsと類似する機能を持つ酵素のアミノ酸配列の相同性を調べたところ、酵素活性測定の結果から予想されたように、Lcdおよひ_Cgs は互いに機能か_類似する他の細菌の酵素と1次構造が類似する結果となった。一方、LcdとCgs のアミノ酸配列の相同性は20.8%であり、両者は機能的に異なるが、1 次構造が類似していることも分かった。 よって、これらのピリドキサルリン酸 (PLP)を補因子として要求する酵素は、 同じ起源を有しており、異なった分子進化の経路を辿ったと考えられる。

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